放射線照射による人為的な遺伝子操作をどう考える?
原子力の平和利用の名のもとに、食品への放射線照射拡大の動きが活発化
日本は、世界でも最も核による放射線被害を受けた国です。世界的に核拡散の防止、核兵器の廃棄が唱えられ、原子力発電の安全性が危惧されている一方で、原子力の平和利用の名のもとに、食品や虫、有用微生物への放射線照射が行われており、それをさらに拡大しようという動きが活発になっています。私たちは、こうした放射線照射が食の安全や環境保全、生態系に及ぼす悪影響についても考えてみる必要があります。
日本で放射線照射が認められている食品はジャガイモ(馬鈴薯=バレイショ)のみですが、原子力安全委員会は2006年、2000年に全日本スパイス協会から厚生大臣宛に出された香辛料への放射線照射の許可要請を後押しする形で、食品への放射線照射の解禁を求める報告書「食品への放射線照射について」をまとめ、厚生労働省に提出しました。
放射線照射の解禁が要請された香辛料は94品目で、ニンニク、ニンジン、ニラ、タマネギ、ウコン、ショウガ、ゴマ、ワサビ、ペパーミント、レモングラス、セージなどの野菜、ハーブ類が含まれています。香辛料への放射線照射を求める理由として、香辛料は熱帯、亜熱帯、温帯地方で生産・乾燥調整されますが、微生物汚染の防止等の対策が講じられていないので微生物汚染や害虫混入などが避けられず、防止が期待できないからとされています。しかし、これまで香辛料による食中毒は報告されていないとの指摘もあります。
香辛料は加工食品の原料として広範囲に使われていますので、放射線照射が認められるとほとんどの加工食品に放射線照射された香辛料が含まれることになります。また、食品全体に放射線照射が解禁されるきっかけを与えることにもなるとの声もあります。
食品や虫、微生物に放射線を照射する目的には、(1)食品についた細菌や虫を殺し腐敗や食害を防ぎ(殺菌・殺虫)、発芽を抑制して保存性を高める。(2)農作物を食害する虫の雄を不妊化して放ち、根絶する(不妊虫放飼法)。(3)作物や有用微生物の突然変異を誘発して特定の形質を高めるなどの品種改良や新種をつくりだすこと(放射線育種)、などがあります。
放射線で遺伝子を破壊して細菌や虫を殺し、発芽を抑制
放射線(エックス線、ガンマ線、電子線、重イオンビームなど)の強いエネルギーは、たんぱく質を壊し、たんぱく質でできている組織を破壊します。生物の設計図である遺伝子はたんぱく質でできていますので、食品に放射線を当てることで食品についた細菌や虫の遺伝子を破壊して殺すことや、作物の発芽細胞の遺伝子を損傷して芽が出るのを抑えることができるのです。
日本では殺菌目的で食品に放射線を照射することは認められていません。前述のように食品に放射線照射が認められているのはジャガイモ(馬鈴薯=バレイショ)の発芽抑制のためのみです。ジャガイモは保存中に芽が出ると商品価値がなくなります。発芽を抑えるために低温倉庫で長期保存しますが費用がかかりすぎます。また、低温保存では糖分の増加(デンプンの糖化が進むため)、出荷後の発芽などの問題がありました。
そこで、ジャガイモに放射線を照射して発芽細胞の遺伝子を損傷すると発芽を抑制でき、室温での長期間保存が可能となったことから、1972年(昭和45年)にジャガイモの発芽を抑制(芽止め)する目的でのみ、コバルト60を源線とするガンマ線(吸収線量150グレイ以内)を一度だけ照射することが食品衛生法で認められ、1974年から放射線照射施設のある北海道・士幌町農協(JA士幌町)で実用化されました。
ガンマ線を照射したジャガイモの容器・包装には、「ガンマ線照射済」の表示が義務づけられていますが、スーパーなどで箱から出されて小分けバラ売りされる場合や、総菜、レストランなどのメニューの一部、加工食品原料として使われる場合には表示義務がありませんので、消費者には放射線照射食品であることがわかりません。
放射線を照射され保存されたジャガイモ(バレイショ)は、国内産バレイショの端境期(3月下旬~5月初旬)に出荷されています。ピーク時には年間およそ2万トンが出荷されましたが、近年では表示の強化や消費者の放射線照射に対する拒否反応の影響もあって需要が減少し、年間およそ5000トン程度が出荷されているようです。
放射線によって成分が変質している可能性があり「安全性が確認された」とは言い切れない
放射線の強いエネルギーはたんぱく質を壊すだけでなく、他の栄養成分を破壊したり、成分を変質させて毒性(発がん性や遺伝毒性など)を持つ放射性分解生成物やフリーラジカル(活性酸素など)をつくりだしたりするとされています。
また、放射性分解生成物には未知の化学物質もあるともいわれます。放射線照射食品を食べさせたラットの動物実験で、体重の減少、生殖器官の異常、死亡率の増加、生まれてくる子どもの奇形などがみられたとの報告もあり、安全性が確認されたとはいえません。日本では、ジャガイモに続き、米、麦、タマネギ、ミカンなどでも放射線照射の認可が検討されてきましたが、こうした実験報告や消費者の放射線照射に対する拒否反応の多さから見送られています。
食品への放射線照射は、世界ではフランス、オランダ、フィンランド、デンマーク、イスラエル、ノルウェー、アメリカ、アルゼンチン、フィリピン、中国、タイなど約60か国で行われているといわれ、30か国を超える国で実用化されています。放射線照射食品には、ジャガイモ、タマネギ、ニンニク、コメ、コムギ、スパイス(香辛料)、鶏肉、豚肉、牛肉、ソウセージ、冷凍魚介類、冷凍エビ、乾燥野菜などがあります。これらの放射線照射食品が違法に輸入され、販売されるという事件も起きています。
食品に放射線を照射すると色調が変化し、照射臭がするとされますが、放射線照射食品を消費者が外見から判断することは難しく、購入するときにはほとんど判別がつきません。輸入食品の放射線照射の有無を調べる検疫所の検査も十分に行われているとはいえないようです。現行の検疫所での検査は、検体である食品についた土(鉱物)を分析して照射の痕跡を見つけるという方法ですが、簡便で実用的な検査方法が開発されていないのが実情です。
放射線を照射された食品は、一見、照射前と同じように見えますが、中身の成分は放射線の強いエネルギーによって変質していると考えたほうがよいでしょう。また、細菌や虫を死滅させることができますが、照射量によっては生き残る菌が現れる可能性もあり、その菌が放射線に強い菌(耐性を持つ菌)に変化することも考えられます。
放射線で精子を人為的に不妊化し、野生の虫を根絶する
不妊虫放飼法とは、防除対象の虫の雄に放射線を照射することで放射線に弱い生殖細胞の遺伝子を損傷して精子を不妊化し、その雄を野外に放って野生の雌と交尾させることにで、野生雌が受精した卵が発育・孵化できないようにして子孫が増えるのを抑制するという方法です。その地域に棲息している野生の雄の数以上に不妊化した雄を繰り返し放ち続けて野生の雌に受精させることで卵をどんどん発育・孵化できないようにし、最終的にその虫を根絶させるというわけです。
かつて世界的に大発生したチチュウカイミバエ対策にも、放射線(ガンマ線)を照射した不妊雄が使われています。日本でも小笠原諸島のミカンコバエ、久米島のウリミバエなどにこの不妊虫放飼法が導入され、これらの虫が根絶したとされています。
不妊虫放飼法は「農薬を使用しないので環境汚染がなく、虫が薬物抵抗性を持たない」「すでに存在する種を放すので野生生物群集の攪乱を起こさない」「同じ種の虫の繁殖にかかわる構造を壊すだけなので他の種への影響は少ない」などといわれていますが、放射線を照射された虫の遺伝子が、生殖にかかわる部分の変異だけでなく他の部分の変異を起こして予期しない形質を獲得することや放射線耐性を持つことも考えられており、そうなると生態系に影響を及ぼすリスクも生まれてきます。
また、他に有効な防除手段がなかったとしても、「一つの種の遺伝子を人為的に操作して不妊化・根絶するという生物本来の生理や進化を無視した行為が持続的可能な環境保全に適うのか?」という疑問の声もあります。
酒・味噌・醤油製造にも放射線育種の原料や微生物が使われている
食品原料となる作物、酒、味噌、醤油などの発酵食品の製造に使われる微生物(麹菌や酵母など)の育種(品種改良・新種開発)には放射線照射を禁止する規定がなく、表示の義務もありません。1920年代に、ショウジョウバエやトウモロコシなどにエックス線を照射すると突然変異の確率が高まり、それまでとは違う形質を持つ新種ができることが発見されました。以来、品種改良・新種開発に放射線が利用されてきました。日本でも、イネをはじめ麦、大豆、トマト、レタス、モモ、ナシ、キノコなどの作物やキク、ベゴニア、サツキ、バラ、トルコギキョウなどの花類、日本酒や焼酎、味噌、醤油などの製造に使われる麹菌や酵母の多くが、放射線照射による突然変異でこれまでにない形質を持つ新種としてつくりだされています。
もともと品種改良・新種開発は、自然の中の微量放射線や紫外線の作用、遺伝子の複製ミスなどによって偶然に生まれた突然変異種を長い時間かけて見つけ出したり、選抜を繰り返すなどして適用させてきたものですが、放射線を利用することで突然変異を飛躍的に加速させ、その時間と手間を省くことができます。人為的に引き起こされた突然変異による作物の新種は、世界では2500種を超え、その70%以上がガンマ線照射によるとされています。日本でも320種(2003年)を超えており、その72%にガンマ線が使われています。放射線による突然変異品種はイネが最も多く140を超えており、大豆、麦も増えています。
放射線照射による突然変異種のイネ(うるち米)では、倒れにくく多収量を目的としたレイメイ、ムツホナミ、アキヒカリ、キヌヒカリ、はえぬき、ゆめあかりなどの品種、酒米(醸造用)として大粒でデンプン質が多い美山錦、雄山錦、誉れ冨士などの品種があります。また、低アミロース米、巨大胚芽米、低たんぱく米、低アレルゲン米などの機能性に特化した形質を持つイネも開発されています。
放射線照射以外に、人為的に突然変異を誘発させる方法として、種子をエチルメタンサルホネート、N-メチル-N-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、亜硝酸、アクリジン系色素などの化学薬剤(変異剤溶液)に懸濁させる(コロイド状にする)化学的育種法がありますが、これらの変異剤は遺伝子疾患、眼や皮膚の重篤な薬傷・損傷、アレルギー性皮膚炎などを引き起こすおそれや発ガンのおそれのある物質として知られています。
麹菌は穀物に自然に生えてくるカビの一種で、自分が生きるために菌糸を伸ばし、酵素を出して穀物に含まれるたんぱく質やデンプン(炭水化物)などを消化(分解)して栄養素を吸収しています。その性質を人間が利用して発酵食品などをつくってきました。昔は麹菌が繁殖しやすい場所に穀物を置き、自然に麹菌がつくのを待って麹をつくりました。
そのうちに、偶然にできのよかった麹を選んで保存し、次の種とする方法が考えだされました。江戸時代には種づくりを専門にする種菌屋も現れ、近代では突然変異株の分離や選抜、交配などの方法で品種改良が行われるようになりました。1950年代前半には黒麹菌、黄麹菌へのガンマ線照射によって白色変異株(白麹菌)をつくりだすことに成功しています。
この頃までは、酒蔵、味噌蔵では麹菌の自家採取・培養も珍しくありませんでしたが、しだいに時代に合わせた新しい風味や経済効率が求められ、味、香り、口当たりのよさを生み出す菌、デンプンやたんぱく質の分解能力の高い菌、クエン酸生成量、アルコール生成量が多い菌などを使った生産が行われるようになり、現在ではほぼすべての酒造・味噌製造会社が種菌専門メーカーから麹菌、酵母、乳酸菌などの発酵微生物(発酵醸造菌)を購入して使っています。
その菌の多くがガンマ線や重イオンビームなどの放射線によって遺伝子操作された突然変異種から分離培養されたものです。放射線照射による遺伝子の突然変異でつくりだされた新種微生物は、遺伝子組み換えとはみなされていませんが、遺伝子組み換えと同様に現在の科学や知識では予期できない形質がつくりだされる可能性があり、人間の健康への影響とともに外部に放出された際には、生態系など環境に及ぼす影響が懸念されます。
世界的な日本食ブームで、欧米では日本酒への関心が高まっており、食品部門の輸出で日本酒の割合が大きくなっているようです。多くの発酵食品メーカーが、放射線や化学薬剤、遺伝子組み換え、細胞融合などの人為的な方法で育種された原料や微生物を使っているなかで、その土地の環境に適した麹菌や酵母を自家採取・培養し、有機栽培米や麦、大豆を原料に伝統的な製法で製造し続けている酒蔵、味噌蔵、醤油蔵もあります。
また、種菌メーカーのなかにも放射線や化学薬剤、遺伝子組み換え、細胞融合などに頼らず、地域の環境に適した種菌を育てて提供しているメーカーもあります。私たちはこうした蔵元や種菌メーカーの環境や食文化に対する熱い思い、心意気や意識の高さに敬服するとともに、ぜひ応援していきたいと思います。
自然界ではありえない人為的変異は、多様な生物との共生概念から外れている
人が放射線を浴びると、やけど、出血、けいれん、脱毛、目の水晶体の混濁、意識混濁、白血球の減少、免疫力が低下し感染症にかかりやすくなる、永久不妊などの急性障害が現れ、多量に浴びた場合には死に至ります。被爆後数十年という長い期間を経てから、ガン、白血病、胎児の奇形(胎児障害)、子孫の遺伝障害などの晩性障害が現れることがあります。これらの障害は人間だけに現れる症状ではありません。人間以外の生物にも当然現れます。チェルノブイリ原発事故(1986年)では、多くの人が被爆し、放射線による重大な健康被害を受け、24年経った今でもその後遺症に苦しんでいます。同時に、そこに棲んでいたすべての生物もまた被爆し、重大な健康被害を受けています。
家畜も含め、たとえ人間の食用となるもの、害虫として駆除するものであったとしても、人間の都合で、本来自然界ではありえない人為的な突然変異を強制的に起こさせるということは、多様な生物との共生という概念からも外れることではないでしょうか。持続可能な自然と共生する社会に向けて、生物との新しい関係が問われています。
1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミット(環境と開発に関する国連会議)で各国に合意されたリオ宣言には、「各国は環境を保護するため予防的方策を講じなければならない。深刻なあるいは回復不能な被害があった場合には、環境悪化を防止するための効果の大きい対策を延期する理由として、科学的な確実性の欠如をあげてはならない」と、予防原則について書かれています。
農薬、化学肥料による環境の汚染の防止、地球温暖化防止、生物多様性による生態系の保全等は、この予防原則によって進められている施策です。放射線照射による遺伝子操作は、遺伝子組み換えとともに生態系の撹乱のおそれがあります。持続可能な環境の保全ために、予防原則として避けるべきものだと思います。